怪物と戦う者は、その過程で自らが怪物とならぬよう気をつけねばならない。
深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいている。
ニーチェ『Beyond Good and Evil(善悪の彼岸)』からの有名な一節である。
無職28日が過ぎた。それに慣れてくると日常は結構忙しいな、なんて気持ちになってくる。
朝起きて、コーヒーを飲んでブログを書く、日向ぼっこして、サウナに行って、ジムに行き、スロットを打って、テレビを見て、youtubeを見て、合間にFXで利確や次の戦略を立てる。ただそれだけの毎日だけど時間が足りないとすら思える。
見たいテレビがあるわけではないし、やりたいことがあるわけでもない。でも当たり前に過ぎていくのだ。
体調に呼応して時折、金銭的な焦りを感じる日もある。そういう時は「暇つぶし」のこのブログですら収益化できないか、Xのフォロワーを増やせないか?急に焦りを感じ始める。
でもそもそも目的が日記なので収益化は厳しい。28日間も経って何もなしえていない、はぁ…なんて落ち込んだりもする。
そこで思う、あれ?何者にもなる必要なくない?
フォロワーが1日で100人増えましたとか、noteで月10万円楽して売りました!とか、そんな副業系Xのつぶやきを見ながら影響を受けていたように思える。
冷静に考えるとこれ、結構失礼じゃない?
そのアカウントの裏側には基本的には生身の人間がいて、1アカウントには1つの人生がある。
にもかかわらず、相手をただのアカウント1とだけ捉え、自分の承認欲求のため数だけを求め、さも私ってすごい!と言っている。
noteも同じだ。楽して売った10万円に情報としての価値はあったのか?もしも価値のない情報を握らされて悲しむ人がそれを読んだら「え?」という気持ちになるだろう。
別にフォロワー数が価値ではないし、副業でたった10万稼げてなんだって話。
すごく好きな話があって、小さなライブハウスを熱狂させられない歌手が武道館を熱狂させられるはずがない!
ほんとそう。結局、目の前のたった一人を本気で喜ばせられない人が取り繕っても、そこに本来の価値はない。
だから焦ることはない。変に毒されなくていい。
3年前、アフィリエイトブログをやっていた時、Xで2000人くらいと交流があった。でも今、誰もつぶやいていない。もちろん、俺も1年くらいで更新せず終えてしまった。
つまり、3年で2000人は全滅。逆に言えば3年続けられるならライバルはいないと考えていい。それなら3年後に0になるXのフォロワー数を増やすのではなく、3年後でも本当に熱狂してくれるファンをたった1人でも作れるなら勝ちなのである。
お前がSNSをのぞく時、SNSもまたこちらをのぞいているのだ。
相手も生身の人間だ。SNSと戦う者は、その過程で自らが承認欲求の怪物とならぬよう気をつけねばならない。それは虚像であり、何の感情も乗らない不要な数字に過ぎないのだから。



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