気づけば無職生活も3ヶ月!
3ヶ月、社会のレールから降りるとまだまだ見えてくることがある。俺が頑張る必要ってあるのかな?って。
漫画 ONEPIECEの七武海の一人、ゲッコー・モリアさんは「俺を海賊王にならせろ」といった。世は大海賊時代、誰もが海賊王に憧れる時代に、人類史上初「海賊王に俺はなる」のではなく、誰か俺を海賊王にならせろと言った。
素晴らしい。努力・勇気・正義、そんなものは不要なんだ。現代社会に翻訳すれば「俺を億万長者にならせろ」的な話だ。多くの人が資本主義社会の中、あるものは額に汗し、あるものは人を騙し、あらゆる手段でお金を稼ぐ。
でもさ、世の中には生まれながらに超金持ちの人もいるし、たまたま初めて買った宝くじで12億円当たっちゃったなんて人もいる。
この不平等な社会において「海賊王に俺はなる」と息巻くことが正しい努力とは限らない!誰か俺を金持ちにしてくれ。それだって当然の正しい主張なのである。でも、考えてみたら誰もそれを言わない。俺たちはみんな苦しんで努力しなきゃいけないよね的な風潮がある。
youtubeで意識高いビジネス系の動画を見ていて違和感を覚えることがある。時間はお金よりも大事だ。なぜならお金はいくらでも稼ぐことはできるが、時間は平等だ。だからどんなに短い距離でもタクシーに乗る。なぜなら1万円は稼げるが、その30分は買えないからだみたいな話だ。
そして、その買った30分でyoutube動画を資産として作り、それが今後数年に渡りお金を稼ぎ続けるマネーマシンになるんだ!だから時間の価値は高いみたいな話。なんか変だよね?
結局、お金を稼ぐんかい!努力で!っていうガッカリ感。1万円かけて30分を買って、働いてお金稼ぐんかい!わかるかな?努力するんかい!って。
社長がお金を出資するXXの虎も好きでかなり見てたんだけど、主催が亡くなってから、ただの社長の承認欲求のため、偉そうにしたい、正論っぽいものでマウントを取りたい、そういう風に見えるものになってしまった。
努力でお金稼ぎました、頭使いました、みたいにみんな言う。でも、それって自分だけのものじゃないよね。生まれ、出会った人、何かを教えてくれた人、全ての環境によってたまたま成功できているだけ、それをそれっぽい努力論で話をしてるのってすごくダサいなって最近思う。
努力でできることなんて限られてるし、環境によってしまう。運が良かったねなんだ。大谷翔平さんはもちろんすごいよ。すごいけど、生まれ持った体格、たまたま親が野球を選んだこと、強豪校か強いチームで学べたこと、全てが噛み合って今がある。
もしも親がめちゃくちゃ根暗で家でずっとソリティアとかをやってたら、何になれたよ?マジシャンくらいなものよ。
なので人間の努力でどうこうできる話にもう飽きちゃった。
じゃあ俺が一番すごいと思うのって何かって言ったら、宝くじ3億円を当てた人とかの方が圧倒的にすごいと思う。だって人智を超えてるじゃん。努力でどうにもできない。俺が何を努力したって当たらないんだ。
瞑想しようと引き寄せしようと、第三の目を開けようと、ハイヤーセルフとお話ししようと多分、当たらん!
もうね、俺の意識レベルとか人間としてのレベルでは足りない。ハイヤーセルフ自体のレベルの話だ。そうなってくるとビジネスで成功しましたとか全然どうでもいい。いかに寝ながらダラダラ過ごして当てるかが一番最強だ。
人からの承認欲求なんてどうでもいいのよ。神様からの承認欲求。君は前世も人間でわりと頑張ってるので、今回お休みで大丈夫でーす。宝くじ当てときまーす。
そのくらい認められた人間が俺は一番すごいと思う。
だから目の前に大谷翔平と宝くじで3億円当てた人がいて、どちらにサインもらいますか?って聞かれたら俺は3億円当てた人の方がすごいと思う。
これが無職3ヶ月の人間の思想だ!自分で勝手なストーリーを作っての努力神話なんていらない。俺はただ好きなことを好きにやって、愛される。そんな身勝手なストーリーを求めてる。



コメント