麻痺的安心とは本当は状況が良くないのに、感覚が麻痺して安心している状態。
安心しているというより、危険や不快に慣れすぎて、不安を感じなくなっている状態に近い。
2000年代の若者は三無主義(無気力・無関心・無責任)とか、後にはさとり世代とも呼ばれ、期待して傷つくくらいなら、最初から深く入らないという生き方にシフトが始まった。これは期待値を下げ、期待しない、求めない生き方だ。
中国では「躺平(タンピン / Tang Ping)」= 寝そべり主義が流行し、昇進を追わない、無理に結婚しない、資本主義というゲームから降りるような動きが始まった。
世界の流れがこうして、加熱から降りる、ゲームに乗らない、いわば冷めの姿勢に進んでいるのは、本当は適応なのかもしれない。俺は無職になり「給与」という麻薬がまさに思考を妨げる麻痺的安心を与える大きな要因だと感じた。
働いている以上、それが正解。そういった安心感が実は社会のうねりからはもうズレていっているのかもしれない。人はなぜ生きるのか?その答えは麻痺の中では見えてこない。1,000日後、その答えを出すために自分と向き合おうと改めて思う。
明日は意識レベル49「感情停止」と向き合う。



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