もはやFIRE生活を記したものではない。
1,000日後に解脱する無職。意識レベル1,000を1日ずつ真剣に考える毎日。仕事を辞めて、本当に人が求めたいのは精神性だった。なぜ生きているのか?幸せとは何か?自分の使命とは?
スピリチュアル系でも宗教家でもないが、時間は人を哲学へ導く。AIも最終は哲学に行き着くらしい。それが最終系だ。
今日は意識レベル41の悲観について考えた。
昨日に続き物事は表裏の存在だ。悲観の反対には楽観がある。それを手放すと達観がある。
マイナスでもプラスでもないニュートラルな状態に安定することを手放すというのかもしれない。
そう考えるとマイナスとプラスの両方を体験するからこそ、中間状態に意識を向けられる。そして手放すとはマイナスにもプラスにも依存していない、どちらも選択しなくていい状態とも言える。
そう考えると人生で体験したすべてのことはマイナスとプラスという価値観を明確にし、最終的にはどちらも選択しない無という状態になることで本当の脱力や手放しがあると言える。
そして人生とは手放して簡素にしていくアートプロジェクトなのかもしれない。
釈迦の「四苦(しく)」は
生苦(しょうく)
老苦(ろうく)
病苦(びょうく)
死苦(しく)
後に「四苦八苦」と拡張され、
愛別離苦(あいべつりく):好きなものと別れる苦
怨憎会苦(おんぞうえく):嫌なものと出会う苦
求不得苦(ぐふとくく):欲しいものが手に入らない苦
五蘊盛苦(ごうんじょうく):そもそも自分という存在の働き自体が苦
最終、整えていくとここに分類される。
今、生きている、そこで出会う悲しみとは楽しみを理解し、両方を手放すため、そして四苦八苦というラスボスに立ち向かうためのレベルアップなのかもしれない。
そう考えると5月にスロットで30万円負けた。昨日も一昨日も連続で天井単発30,000負け。悲観的にもなる。
嫌なものと出会う苦、欲しいものが手に入らない苦、そもそも自分という存在の働き自体が苦、直面する。
でも、それほどのことでもない。
FXの方で稼げているし、他の方よりは無職で自由に暮らしてる、投資スキルで一応は仕事をやめてからもお金が増えてる、まだ未来は安心だ。悲観して、楽観して、そして手放すことで3つの苦と立ち向かった。
そういう苦を手放そうとする日々、それに自分自身で感謝していきたい。
感覚としては選択しない、無になるというよりは、所有しない、ただ苦しみが苦しみとして存在はするが流れていくようなイメージ。それはラスボスが「待っていたぞ勇者よ」と高笑いしていく横を素通りし「え、ちょ、ちょ待てよ」と言わせたら勝ち。
人生はキムタクだ。
明日は意識レベル42 落胆
克服の方法を今日も探す!



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