死ぬこと以外はかすり傷
その言葉の意味を強く感じるのである。
前に習慣の話をしたが、生きている限り継続することができる。
バッターボックスに立ち続ける限りチャンスは何度だってある。
壊れたり、立ち上がれなくなったり、ダメになってしまわない限り何度だってチャンスはある。
なぜ急にこんな話をしたかというと、スロットだ!
このブログで10日目くらいまでスロットの収支報告もしていたが、大負け以降、記録をやめていた。しかしスロット自体は続けている。
そしてゴールデンウィーク中、たった10日間ほどで30万円近く負けた。もう負けに負けた。
さすがにこれはもう無理だ。もうしばらくやめよう。
朝起きて、今日はスロットの気分じゃない、ジムでトレーニングだけしよう、そう思う。
朝の日課、ブログを書き始める。そして継続の力のことを思い、ポジティブな気持ちが溢れる。
よし!スロットに行こう。
そうやって自分で自分をドーピングして、ドーパミン全開で負け続けても通い続けていたのである。立派なギャンブル依存症だ。
しかし徐々に当たり始め、現在マイナス8万円まで戻した。そして念願であった「とあるレールガン2」の上位RUSHが見れたのである。
辞めてしまったら、見たかった景色も見れず、感動もなく、失っただけの0で終わりだ。でも、心を折りながらも続け、なんとかバッターボックスに立った。そして少しずつボールが打てるようになる。
スロットの話だから、バカだなと思うかもしれない。
でも人生において、これがほとんどなんじゃないかな?
せっかく始めた趣味、副業ブログ、SNS、将来の夢。
年齢や金銭を理由に「1mmも故障していないのに」バッターボックスを降りたのはあなただ。
続けていれば見える景色がある。それがポジティブに他の趣味に移行したならいいが、失って諦めたのであれば本当に何も残らない。
もちろん、破産するまでギャンブルをやるのは能力不足。でも立ち上がれる範囲で楽しむなら何度でも可能性はある。
その夢が「手段」でなく「目的」ならバッターボックスに立ち続けよう。
これ重要な話で、夢が手段の場合、絶対に叶わない!
例えば「大きく稼ぎたいから芸能人になりたい」や「女子アナと結婚したいから野球選手になりたい」これは手段であり、代替が効く。別に野球選手にならなくても、勉強して電通社員になるなり、起業して稼ぐなりで結婚できる。
手段は変更が効くからブレる。
でも、自分はこの景色が見たい、ここに立ちたいというゴールは不動だ。もしもそれがあるなら、やり続けてみよう。バッターボックスに立つことで何か可能性が広がるはずだ。もしかしたら意図しない最善の道が開くかもしれない。
そして気がついたかい?これ、スロットが教えてくれたんだぜ。



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