ほら、あれほどダメって言ったのに!
そんなこと言われましても、後からはどうにでも言える。後の祭りだーーー!
カリギュラ効果とは、「禁止されたり制限されたりすると、かえってその事柄への関心や欲求が高まり、やってみたくなる」という心理現象。
昨日に続き、今日も幸福論を語りたい。無職になると暇なので生きるということを真剣に考える。歴史に名を残す哲学者のほとんどは無職なんじゃないかな?
そもそもマザーテレサも釈迦も結構な金持ち。あとでそう言った暮らしを捨てたにせよ、やはり満たされた人間しか他人を助けることはできない。
今、現在、危機に晒され、生きるのに必死な人にギバーになれ、清貧の思想だ!なんて言ったって無理。
心はゴムだよ、カイジくん。無理をしたらいつか爆発する。
結構、余裕がない人にどんなスキルを伝授したって、それは本人が必死に信じ込もうとしているだけで、爆発する。
例えば、幸せになるために幾つもの呼吸法がある。
ブロック呼吸、丹田呼吸、腹式呼吸、火の呼吸、ヨガニドラ。
唇を薄く開けて、鼻息を静かに観察する。思考は捨てて、5秒間息を吐いて、その間、息の流れだけを見る。
5分やってるうちにスマホが気になってくる。
じゃあデジタルデトックスだ。
こうして「観察する、気にしないようにする、思考は捨てる、スマホは置く」行動するべきことばかりが増えていることに気づいて欲しい。
根本はなんだ、なぜ俺たちがスマホを手放せずに、tiktokやなんかを見ているかって、あれは多分LINEなどをすぐ返信できるように見張ってるんだと思う。
なぜなら仕事の連絡が来る、緊急かもしれない。いつでも消防士のように仮眠で出動準備をしている。この感覚の人いるんじゃないかな?
つまり、行動を増やすのではなく、原因を取り除かないといけない。
なぜ自分はこんなにスマホを守ってるんだ。社会的欲求?承認欲求?誰にどう思われたい?
そして、そんなことは不要なはず。
幸せとは「意識を手放している時間」のこと。フロー状態、超集中、時間を忘れる。すべて意識がないことを言う。
実は、意識して何かを手放したり、呼吸したりするほど、それは意識の中にあって、幸福とは遠くなるプロセスを踏んでいるのではないかと思う。つまりカリギュラだ。
しろくまのことは考えるなと言われると、しろくまのことをずっと考えてしまう心理実験。
考えるな、観察しろ、忘れろ、呼吸を見ろ、DO, Do, Do, Do, Do, GOGOGOGOGOGOGOGO!!!!!!!
行動が多すぎなんだ、行動=意識の先に幸せはない。
もっと逆だ。何もしない!!忘れようともしない、呼吸を観察しようともしない、スマホが気になってもいい、どうでもいい、これが本当の瞑想のやり方だ。
何もしない時間を幸せと定義づけたなら、何もしていない全ての時間は瞑想だ!俺は1日もはや21時間は迷走中だ!
幸せになるんじゃない!幸せであるんだ!



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